障害者の父親は「謝っても許されない」と強い憤り!
日刊ゲンダイDIGITAL
【転載開始】
■小山田圭吾が一生涯背負う“十字架”と本当
の謝罪
障害者の父親は「謝っても許されない」と
強い憤り
公開日:2021/07/21
「私がご依頼をお受けしたことは、様々な
方への配慮に欠けていたと痛感しております」
――。
過去の雑誌インタビューで障害がある同級生
らに対して筆舌に尽くしがたいいじめや
差別行為を行っていたことを笑いながら告白
していたことが明らかになった小山田圭吾(52)。
そんな人物が東京五輪・パラリンピックの
開会式の作曲担当と発表になるや、小山田批判
の声は瞬く間に強まり、19日午後になって自身
のSNSで辞任を発表。
冒頭のように謝罪したが、森前五輪組織委会長
の女性蔑視発言、女性タレントのブタ扱い演出
に続いて、東京五輪全体の人権意識の欠如を
世界に向けて発信する結果となった。
小山田は1969年、東京生まれ。
父は歌謡コーラスグループ
「和田弘とマヒナスターズ」の故三原さと志で、
親類縁者にも音楽関係者が多数。
小学校から高校まで和光学園に通った。
その後、89年に中学時代の同級生の小沢健二
(53)とフリッパーズ・ギターを結成し
メジャーデビュー。
以後、「渋谷系」と呼ばれる人気ミュージシャン
だ。
「80年代後半から彼らは、洋楽の『ネオアコ
(ネオ・アコースティック)』系の影響を受け、
おしゃれで洗練されたポップスをやっていまし
た。当時はサブスクなんてありませんから、
最先端の洋楽を聴くには、レコード・CDを買う
しかなかった。彼らが洋楽に造詣が深かったの
は、やはりお坊ちゃまだったからだと思います」
(音楽業界に造詣の深い構成作家の
チャッピー加藤氏)
そんな恵まれた環境と非人道的行為の落差に
驚くが、
「90年代のサブカル界で、あえて悪趣味で
露悪的な発言や行動をとる『鬼畜系』ブーム
がありました。『ロッキング・オン・ジャ
パン』での、いじめ自慢発言はその流れだった
のかも知れませんけど、当時読んで正直ドン
引きしましたし、気分のいいものではなかった。
小山田さんが本当に反省の意を表したいなら、
今さら被害者に直接謝罪するよりも、ミュージ
シャンなのですから音楽で返すしかないでしょ
う。楽曲の収益をパラリンピック支援団体に
寄付するとか。うわべだけの反省は意味がない
ように思います」(前出の加藤氏)。
■障害児童の年賀状をさらしものに
小山田については障害者支援団体である
一般社団法人「全国手をつなぐ育成会連合会」
も18日、声明を発表し
「小山田氏の行為は極めて露悪的である」
「なぜ小山田氏が楽曲提供担当となり、
留任させることにしたのか」と強く非難。
東京五輪・パラリンピック組織委員会は
問題発覚後も「引き続き貢献してもらいたい」
と留任の意向だったが非難の声に押される形
で小山田の辞任を受理。
武藤事務局長は「判断が甘かった」と謝罪し、
小山田の楽曲も使用しないことを発表した。
自身も障害児の父親である動物写真家で、
YouTuberとしても活動する小原玲氏はこう
憤る。
「親とすれば子供が学校でこんな目に遭って
いたと思うと言葉がありません。私が当該記事
を読んで涙が出たのは、障害児童が小山田氏に
出した年賀状を雑誌でさらして笑いものにした
ことです。その年賀状にはお母さんが定規で線
を引いてそれに沿って児童が鉛筆で稚拙ながら
も文をしたためていました。それを大人になっ
てからかうとはどんな神経か。親がどんな思い
で友達に年賀状を出すかわかりますか。子供が
少しでも学校で友達に恵まれるようにという
願いからですよ。こんな人物が手掛けた楽曲が
パラリンピックで流されるなんてブラック
ジョーク過ぎる。トラウマになってしまいかね
ない。たとえ27年前のことであっても許される
話ではない」
小山田は生涯、自身が犯した罪の十字架を
背負うしかない。
【転載終了】
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このような人権に関する事柄に世界
は敏感ですからリアルタイムに報道さ
れ、国際的な批判を受ける事を日本
国民は認識する事が必要ですね。
先日訪問診療をしていただいた医師の
方も、どちらかというと「ネットのデマ
情報を信じるのはどうか」という方でし
たね。
情弱の方は、ネット=デマと考える
傾向にあるような気がします。
もちろん、デマ情報もありますから、
情報リテラシーを養うためにも多くの
情報を持つことが必要と思います。
当然、私も誤報を記事にしてしまった
事もありますが、誤報だと気付いたり
情報をいただいた時点で削除又は修正
謝罪するようにはしています。
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