ウクライナに降伏を促す声は「ロシアの本質を知らない人の発言」
AERAdot.
【転載開始】
■ウクライナに降伏を促す声は
「ロシアの本質を知らない人の発言」
元ラトビア大使が語る“狡猾”の歴史
2022/04/06
ロシアの脅威と隣り合わせで生きる
周辺諸国にとって、情報収集と分析は
生命線だ。
プーチン大統領の動向については、
常に観察と分析を重ねている。
ロシアと国境を接し、バルト海に面する
ラトビアで日本大使を務めたことのある
多賀敏行さんは、領土拡張の野心に満ち
たプーチンとロシアの「本質」について
語る。
* * *
2014年、クリミア併合の少し前のこと
だ。
多賀元大使は、大使公邸での夕食会に
ラトビアの政治家や有識者を招き、
情報を交換する機会を持った。
参加者のラトビア人のひとりが、
プーチンについてこんな話を持ち出した。
「最近、ロシア国内で変な動きがあり、
気になる。プーチンは学校の歴史教科書
を書き換えているようだ。レーニンの
ロシア革命への賛辞が消え、帝政ロシア
がいかに偉大であったかについての記述
が大幅に増えた」
プーチンがクリミア半島を武力で併合
したのは、その数カ月後のことであった。
「振り返れば、この教科書の記述変更
の情報は、クリミアへの侵略を予測させ
るものでした」(多賀元大使)
というのも、実はこのとき、ラトビア
にもロシアの手が伸びていたのだ。
「ロシアはクリミア半島に続き、ラト
ビア奪取の計画を立てていたのです」
(多賀元大使)
■ロシア系住民を煽って暴動を勃発
クリミア併合の混乱のなか、
多賀元大使は大使として現地で情報を
集めていた。
するとラトビアの軍事評論家から、
こんな情報を耳打ちされた。
「このクリミア半島併合のあと、プー
チンは次の目標としてラトビア侵略と
奪取を計画していた」
軍事評論家によると、計画は次の
ようなものだった。
手始めにモスクワは、ラトビアに
文化使節団を送る計画を練った。
目的は、この使節団を受け入れる
ラトビア側の組織団体に活動資金を
注ぎ込み、ロシア系住民による
反ラトビア政府活動の拠点をつくる
ことだ。
「ロシア系住民を煽ってデモや暴動
を勃発させる。暴動を止めるラトビア
警察によってロシア系住民に死傷者が
出ればしめたものです。ロシアは、
すぐに軍隊を送り込み事態を鎮圧する。
ロシア軍はそのままラトビアに居すわ
り、ラトビア侵略の拠点とする予定
だったのでしょう。幸いにも、ラトビ
ア側で積極的に受け入れようという
組織団体が見つからなかったと聞きま
した」(多賀元大使)
軍事評論家の情報によれば、計画は
頓挫し、ロシアはラトビア奪取を諦め
たという。
今回のウクライナ侵攻でも、次に
プーチンが侵略するのはラトビアで
あるとの報道がいくつも流れた。
「プーチンが帝政ロシア時代のよう
に領土拡大を目指すという、ラトビア
時代の分析は、そう外れていないとも
思います」(多賀元大使)
そして、今回のウクライナ侵攻は、
日本にとっても重い現実を突きつけた。
「日本では、いつか北方領土が返還
されると、根拠もないまま楽観的な観測
を時の政権が口にしていました。日本は、
少なくとも政治レベルではロシア外交の
狡猾さを十分には理解していなかった。
しかし、民間人の虐殺を重ねても、欲し
い土地の奪取に執着するのが、プーチン
です。もはや、北方領土の返還など期待
できないとの雰囲気が強まったと思いま
す」(多賀元大使)
■領土拡張の野心に満ちたロシア
興味深い話がある。
10年ほど前に、駐日ラトビア大使が
日本外務省の関係者と話をしていたとき
のことである。
多賀元大使によれば、ラトビア大使は、
はっきりとこう述べた。
「北方領土が返還されると信じて、
それを前提に外交交渉を続けている日本
の関係者のナイーブさには、ほとほと
あきれる」
ロシアに国土を奪われ、残酷さ、狡猾
さに長年苦しめられてきたラトビアの
外交官の言葉には重みがある。
日本は、敗戦国として連合国、実質的
にはアメリカの占領下に置かれた。
「誤解を恐れずに言えば、世界の占領
下で行われた虐殺などの歴史を鑑みれば、
日本の占領は、異例ともいえる『寛容』
な占領でした。さらに、沖縄も平和裏に
返還された。これは、世界の歴史を振り
返っても極めてまれなことです」
しかし、いま北方領土を占領している
のは、ロシアだ。
歴史を振り返ってもロシアは領土拡張の
野心に満ちた国だ。
そこに根本的な違いがある、と多賀元大使
は見る。
ウクライナに対して、譲歩や降伏をすべ
きだといった意見が日本のコメンテーター
などから出た。
「これは、ロシアの本質を知らないがゆ
えの発言でしょう。ラトビアでは1940年代
にロシアの支配に抵抗する体力と知力を持っ
たインテリ層と富農層が徹底的に排除され
ました。ある日突然、トランク一個で列車
に放り込まれシベリアに連行されたのです。
彼らの多くは厳しい寒さのために命を落と
しました。戦後に日本を占領したのがロシア
であったら、日本という国は滅びていた、
といまでも思います」
ある国が他の国を侵略しようとする陰謀
は過去のことではなく、いまこの瞬間にも
世界中で渦巻いている、と多賀元大使は考え
る。
「穏やかな国民性の日本人は性善説に立っ
て考えがちです。ところが、一歩国外に出れ
ば、想像もつかないような非情の世界が待っ
ています」
2014年と今回のウクライナの危機、そし
て1918年のラトビア建国以来の艱難辛苦
(かんなんしんく)から学ぶことは多いは
ずだ。
(AERA dot.編集部・永井貴子)
【転載終了】
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私の父親も、シベリアに抑留されて
いた一人です。
命をつなぐために何でも食したと
言っていました。
抑留された大勢の方たちが極寒の地で
食料も乏しい中、命を落としていった
そうです。
命が助かったのは、運がよかったとも。
もし、父親がシベリアで命を落とし
ていたら、今の私はありませんでした。
それがロシア(ソ連)という国です。
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