【キーウ発】遺族「ボロデャンカはウクライナの広島・長崎だ」

田中龍作ジャーナル


【転載開始】


■【キーウ発】

 遺族「ボロデャンカはウクライナの

 広島・長崎だ」

 2022年4月17日


毎日、息子の遺体を探しに来る

バシルさん。「泣き尽くした」。

=16日、ボロデャンカ 撮影:田中龍作=


 開戦から50日目、4月16日。


 ガシャ・ガシャ・ガシャ・・・車両が

ボロデャンカに差し掛かるとウクライナ兵

たちはマガジン(弾倉)を

カラシニコフAK47に装填し始めた。

金属音が車内に響く。前回(4月5日)訪れ

た時のことだ。


 ロシア軍が撤退して4日しか経っていな

かった。

ウクライナ軍兵士たちにとっては、

まだ生々しい戦場だったのだ。 


 ロシア軍による破壊と殺戮と略奪の原点

とも言えるボロデャンカ。レスキュー隊に

よる救出作業が始まったのは、この翌日

(4月6日)からである。


 16日、私は再びボロデャンカを訪れた。

100人以上が生き埋めになっているとの

情報が絶えなかったからだ。


 砲撃で破壊された中高層アパートは無残

な姿を晒したままだった。

パワーショベルが唸りをあげて瓦礫を撤去

していた。


はしご車はアパートの住人を乗せて建物

の中を捜索していた。

=16日、ボロデャンカ 撮影:田中龍作=


 1日250人のレスキュー隊員が出て救出

作業にあたった。

海外からも4か国以上から消防士が駆け

付けた。

ペトロ・ステパノビッチ隊長によると、

この日までに40人の遺体を収容し、200人

を地下から救出した。

あくまでも中高層アパート8棟についての

数字だ。

一部の報道にあった生き埋めは確認されて

いないようだ。


 バシルさん(67歳)はロシア軍が去った

翌日から毎日、瓦礫の山となったアパート

跡に通い続けている。


 息子のアンドレイさん(43歳)の遺体が

瓦礫の下にあるからだ。

アパートは3月2日にロシア軍の爆撃に

あった。息子は1階に住んでいた、という。


 「ロシア兵は人間じゃない。ノーマルな

人間だったら、こんなことできるはずがな

い。軍の施設でもなく民間のアパートじゃ

ないか」。バシルさんは憤った。


 私が日本人ジャーナリストだと分かると

「ボロデャンカはウクライナの広島・長崎

だ」と念じるように言った。



パワーショベルは砂塵を巻き上げて瓦礫

の撤去作業を続ける。

=16日、ボロデャンカ 撮影:田中龍作=


【転載終了】

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 プーチンは、選択を間違えましたね。


 ウクライナのNATO加盟を阻止したが、

フィンランドとスウェーデンのNATOへ

の加盟をアシストしてしまいましたね。

完全な、オウンゴールです。


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