忖度を生むリーダー 辞めぬ限り混乱は続く
朝日新聞DIGITAL
【転載開始】
■(政治季評)忖度を生むリーダー 辞めぬ限り混乱は続く
アイヒマンというナチスの官僚をご存じ
だろうか。
ユダヤ人を絶滅収容所に大量輸送する
任に当たり、戦後十数年の南米などでの
潜伏生活の後、エルサレムで裁判に
かけられ、死刑となった。
この裁判を傍聴した哲学者のハンナ・
アーレントは「エルサレムのアイヒマン
悪の陳腐さについての報告」を執筆し、
大量殺戮(さつりく)がいかに起こったか
を分析した。
前国税庁長官・財務省理財局長の佐川
宣寿氏の証人喚問を見ていて、そのアイ
ヒマンを思い出した。
当時、佐川氏ら官僚たちの行動の説明と
して「忖度(そんたく)」という耳慣れない
言葉が脚光を浴びていた。
他人の内心を推し量ること、その意図を
酌んで行動することを意味する。
私はふと、アーレントがこの日本語を知っ
ていたらアイヒマンの行動を説明する苦労
を少しは省けたのではないかと考えた。
国会で首相の指示の有無を問いつめら
れる佐川氏の姿が、法廷でヒトラーの命令
の有無を問われるアイヒマンに重なったの
である。
◇
森友学園問題――国有地が森友学園に
破格の安値で払い下げられた件、さらに
財務省がこの払い下げに関する公文書を
改ざんした件――については、官僚たちが
首相の意向を忖度して行動したという見方
が有力になっている。
国会で最大の争点となった首相ないし首相
夫人からの財務省への指示があったか
どうかは不明のままだ。
アイヒマン裁判でも、アイヒマンにヒトラー
からの命令があったかどうかが大きな争点
となった。
アイヒマンがヒトラーの意志を法とみなし、
これを粛々と、ときに喜々として遂行していた
ことは確かだ。
しかし大量虐殺について、ヒトラーの直接また
は間接の命令を受けていたのか、それが抗
(あらが)えない命令だったのかなどは、どうも
はっきりしない。
ナチスの高官や指揮官たちは、ニュルン
ベルク裁判でそうであったが、大量虐殺に
関するヒトラーの命令の有無については
そろって言葉を濁す。
絶滅収容所での空前絶後の蛮行も、各地に
展開した殺戮部隊による虐殺も、彼らのヒトラー
の意志に対する忖度が起こしたということなの
だろうか。
命令ではなく忖度が残虐行為の起源だったの
だろうか。
さて、他人の考えを推察してこれを実行する
「忖度」による行為は、一見、忠誠心などを背景
にした無私の行為と見える。
しかしそうでないことは、ヒトラーへの絶対的忠誠
の行動に、様々な個人的な思惑や欲望を潜ませ
たナチスの人々の例を見ればよくわかる。
冒頭で紹介したアーレントの著書は、副題が
示唆するように、ユダヤ人虐殺が、関与した
諸個人のいかにくだらない、ありふれた動機を
推進力に展開したかを描き出す。
出世欲、金銭欲、競争心、嫉妬、見栄(みえ)、
ちょっとした意地の悪さ、復讐(ふくしゅう)心、
各種の(ときに変質的な)欲望。
「ヒトラーの意志」は、そうした人間的な諸動機
の隠れ蓑(みの)となった。
私欲のない謹厳な官吏を自任したアイヒマンも、
昇進への強い執着を持ち、役得を大いに楽しん
だという。
つまり、他人の意志を推察してこれを遂行する、
そこに働くのは他人の意志だけではないという
ことだ。
忖度による行動には、忖度する側の利己的な
思惑――小さな悪――がこっそり忍び込む。
ナチスの関係者たちは残虐行為への関与に
ついて「ヒトラーの意志」を理由にするが、
それは彼らの動機の全てではなかった。
様々な小さなありふれた悪が「ヒトラーの意志」
を隠れ蓑に働き、そうした小さな悪が積み上がり、
巨大な悪のシステムが現実化した。
それは忖度する側にも忖度される側にも全容の
見えないシステムだったろう。
◇
このように森友学園問題に関して、ナチスに
言及するのは大げさに聞こえるかもしれない。
しかし、証人喚問を見ていると、官僚たちの
違法行為も辞さぬ「忖度」は、国家のためという
建前をちらつかせながらも個人的な昇進や
経済的利得(将来の所得など)の計算に強く
動機づけられているように感じられ、彼らは
この動機によってどんなリーダーのどんな意向
をも忖度し、率先して行動するのだろうかと
心配になった。
また、今回の問題で、もし言われているように、
ひとりの人間が国家に違法行為を強いられた
ために自殺したとすれば、そこに顔を覗(のぞ)
かせているのは、犯罪国家に個人が従わされる
全体主義の悪そのものではないか、この事態の
禍々(まがまが)しさを官僚たちはわかっている
のだろうか、と思った。
以上からは、次の結論も導かれる。
安倍首相は辞める必要がある。
一連の問題における「関与」がなくともだ。
忖度されるリーダーはそれだけで辞任に値する
からだ。
すなわち、あるリーダーの周辺に忖度が起こる
とき、彼はもはや国家と社会、個人にとって危険
な存在である。
そうしたリーダーは一見強力に見えるが、
忖度がもたらす混乱を収拾できない。
さらにリーダーの意向を忖度する行動が、
忖度する個人の小さな、しかし油断のならない悪
を国家と社会に蔓延(はびこ)らせる。
すでに安倍氏の意向を忖度することは、
安倍政権の統治の下での基本ルールとなった観が
ある。
従って、忖度はやまず、不祥事も続くであろう。
安倍氏が辞めない限りは。
◇
とよなが・いくこ 専門は政治学。
早稲田大学教授。
著書に「新版 サッチャリズムの世紀」
「新保守主義の作用」。
【転載終了】
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そういえば、政権ナンバー2が(2013年7月)
に東京都内で開かれたシンポジウムで、
「ある日気づいたら、ワイマール憲法が
ナチス憲法に変わっていた。だれも気づかな
かった。あの手口に学んだらどうか」とやり、
欧米から大ヒンシュクを買ったことがあり
ましたね。
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