志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし・・・
日刊ゲンダイDIGITAL
【転載開始】
■志村けんさん急逝から4年で死後トラブルなし・・・
松本人志と比較される女性関係とカネ払い
公開日:2024/03/17
志村けん(C)日刊ゲンダイ
志村けんさん(享年70)が
新型コロナウィルスによる肺炎で亡くなってから、
3月29日で丸4年になる。
週刊文春が報じたダウンタウンの松本人志(60)
の性的トラブル疑惑で改めてクローズアップされ
たのが、志村さんの遊び方だった。
生前の志村さんとたびたび酒席を共にした
番組制作会社のプロデューサーはこう話す。
「志村さんは交際していた女性には気を遣うだけ
でなく、生活費を援助したり経済的に支援をして
いた。女性に恨まれるようなことはしていないか
ら、亡くなってから志村さんのトラブルが表に出
ることがありませんでした。松本が文春に報じら
れたようなセコイところは一つもありませんでし
たよ」
1995年1月に阪神淡路大震災が発生した当日
の午後、当時、東京・南青山にあった携帯電話
ショップで、被災状況を中継するテレビにくぎ
付けになっている志村さんが目撃されている。
そのとき、志村さんは自分の携帯電話ではなく、
当時、人気バラエティー番組
「志村けんのバカ殿様」(フジテレビ系)に
レギュラー出演していた、あるアイドルタレント
の携帯電話を取りに来ていたと、筆者は関係者
から聞いている。
バラエティーの頂点に上り詰めた男のまめさに
驚かされたのを記憶している。
数々の女性と浮名を流してきた志村さんだが、
結婚秒読みといわれていたのが、
女優のいしのようこ(56)だった。
当時、前述したアイドルタレントとの交際を
キャッチした筆者は、東京・三鷹にある志村さん
の本宅を約1週間、張り込み続けた。
しかし、姿を現したのはそのタレントではなく、
いしのだった。
しかし、いしのとの関係も、その後破局を迎える。
■別れた女優を舞台に起用
「普通、別れた女性との共演は避けると思いま
す。ところが、志村さんは破局後も舞台『志村魂』
にいしのさんをキャステイングしていました。思
いやりがありました。だからいしのさんも、志村
さんの追悼番組で思い出を語ってくれたのでしょ
う」(前出・番組制作プロデューサー)
いしのと破局後、東京・港区の麻布十番に転居
した志村さんは、故・可愛かずみさん(享年32)
や故・飯島愛さん(享年36)をプライベートで
可愛がっていたという。
「当時、可愛さんはある女優と同じマンション
に住んでいた。同じ町に引っ越してきた志村さん
は、3人で麻布十番の町を飲み歩いていました。
その可愛さんが97年に飛び降り自殺で亡くなった
ときは嘆き悲しんでいました」
(大手芸能プロダクション幹部)
それから11年後の2008年12月のクリスマス
イブに、飯島さんが“孤独死“で発見されたことに
志村さんは相当のショックを受けたという。
「結婚を意識した女性には生活に困らないよう
に金銭的に支えていただけでなく、深い関係に
なったクラブホステスには売り上げに協力、別れ
てからも生活に困らないように店に通って売り上
げに協力してました。だから、女性から感謝され
ても恨まれることはありませんでした。志村さん
が亡くなった後、遺産額が10億円ほどと報じられ
ました。あれだけのスターにしては金額がひと
ケタ少ないように思われましたが、それだけいろ
んな人にお金を使ってということでしょう」
(前出・番組制作プロデューサー)
志村さんに「コロナを感染させた」などと事実
無根の投稿をネット上に流され、名誉を傷つけら
れたとして、大阪・北新地の高級クラブのママが
複数の投稿者に損害賠償を求めていた裁判で
大阪地裁は2月22日に投稿者2人にそれぞれ、
12万円の賠償を命じた。
「志村さん自身、そのママとも投稿者とも面識
はない。デマ投稿に裁判所が賠償命令を出したこ
とで、志村さんは安らかに眠ることができるので
はないでしょうか」(芸能ライター)
出身地の西武線・東村山駅前にある志村さんの
銅像を訪れるファンは今も後を絶たない。
(本多圭/芸能ジャーナリスト)
【転載終了】
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大物と言われている割には、その片鱗も
見えないという事もあるのでしょうかね。
一般女性やタレントの卵相手に、確かに
せこい遊び方ではあるのかも。
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